長五郎を抱くように杉に巻きつく藤
どんな伝承か
和知野の城主であった関盛永は、天文十三年八月十三日、下条時氏に不意を突かれて討たれた。奥方のお万さまは、燃え落ちる城を何度も振り返りながら、五歳になる長五郎を連れて落ちのびた。向方の方角へ逃げる道すがら、かくまってほしいと頼んでも、殿様の奥方をかばえば災いが及ぶと恐れて村人は取り合わず、水を求めてもなかなか与えなかった。ひどい家の老婆はたらいの水を飲ませたという。村人たちは母子の亡骸をひそかに葬り、墓のかわりに藤を一本植えた。そこに杉も生え、いまでは藤が杉に巻きつき、杉に姿を変えた長五郎をお万さまが抱きかかえているように見えるという。
原典より
村の人たちは、この二つの遺体をひそかに葬って、墓の代わりに、一本のふじの木を植えた。—— 坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説
『坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説』は、天竜村坂部の民俗をまとめた民俗誌稿のうち、第十二章「口頭伝承」の一部を収めたものである。さるかに合戦、へび女房、桃太郎、花咲かじじいなどの昔話を語り手の名を添えて土地の語り口のまま記し、先途の七人塚、お万さま、天龍川のかわらんべ、早太郎のひひざる退治など落人や土地にまつわる伝説を並べる。昔話を動物昔話・本格昔話・笑話に分け、伝説、なぞと続ける。