鉄砲玉をはね返した久下家の三尊さま
どんな伝承か
久下家の先祖は落人としてここへ逃げてきたという。むかし久下家の親方はせらだ正頼という人で、敵に攻められて自刃するとき、第一の家来である先祖の久下甚九郎を呼び、観音・阿弥陀・薬師の三尊さまを背負って逃げよと命じた。甚九郎は本尊と高坏・数珠・わに口を背負って落ちのびたが、すぐ近くの不当というところで賊に追いつかれた。賊の撃つ弾は観音を納めた箱に当たる手前で力を失い、ぽろぽろと落ちたという。当たらずというので、その場所を今も不当と呼ぶ。甚九郎はここに落ち着き、あたりは観音面と呼ばれた。観音は今は小学校の横にまつられ、正月五日に村で祭りをする。
原典より
そこでその場所を、当たらずと書いて、今も不当と呼んどる。—— 坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説
『坂部民俗誌稿(長野県下伊那郡天竜村)――昔話・伝説』は、天竜村坂部の民俗をまとめた民俗誌稿のうち、第十二章「口頭伝承」の一部を収めたものである。さるかに合戦、へび女房、桃太郎、花咲かじじいなどの昔話を語り手の名を添えて土地の語り口のまま記し、先途の七人塚、お万さま、天龍川のかわらんべ、早太郎のひひざる退治など落人や土地にまつわる伝説を並べる。昔話を動物昔話・本格昔話・笑話に分け、伝説、なぞと続ける。