母を葬った僧の手に髢を掛けた地蔵
どんな伝承か
京の六波羅蜜寺の地蔵にはこんな話がある。昔、京に住む商人が妻と娘を残して他国へ行き、長く帰らなかった。そのあいだに妻は病で死に、娘は葬るすべもなく泣いて亡骸を守っていた。夜、一人の僧が来て娘を慰め、母の亡骸を清めて弔い、自ら背負って野に葬った。住まいを問うと愛宕の里だと言って帰ったが、訪ねても知る人はいない。やがて父が帰り、娘と共にこの堂の地蔵を拝むと、左手に棺に納めたはずの母の髢が掛かっていた。あの僧は地蔵の化身だったという。
原典より
其来由は昔京にすむ商人、或時妻並に娘を残して他国に行ぬ、然して不帰久し、跡に於て其妻病で死す、女子其遺骸を葬送するに便なくて且涕泣して守之、其夜に及んで一僧来て女子が愁傷を慰め且又亡母をして沐浴し…—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。