光明皇后の夢に現れた一寸八分の観音
どんな伝承か
京都の松原通清水一丁目の子安観音は光明皇后が開いたものという。皇后は身ごもったとき大神に祈り、ある夜、小さな観音が枕もとにあらわれる夢を見て、目覚めると一寸八分の聖観音の像を得た。お産は安らかで皇女が生まれたので、この小像を本尊の胎内に納めた。のちの世、女の人が安産を祈ると霊験があるという。
原典より
終に出産平にして皇女を誕す、是に於て彼の小像を以て本尊胎中に納む、後世女人安産を祈りて霊験ありと。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。