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京の辻に並んだ岐神の男女像

所在地京都府京都市
年代迷信(俗信)
登場医学者
出典迷信の研究

どんな伝承か

岐神(ふなとのかみ)は日本書紀に見える神で、ふなとは物を突き立てて、そこから来るのを止める意味の言葉とされる。伊弉諾神が黄泉津平坂で伊弉冊神と別れるとき、ここから来るなと投げた杖から生まれたのが岐神で、祈れば災いを除くとされ、道の安全の神として祀られたのだろう。ところが扶桑略記の天慶二年九月二日の条によれば、近ごろ都の東西両京の大路小路の辻に、木を刻んだ男女の神像が向かい合わせに置かれ、冠をつけ体を丹で塗り、腰のあたりに陰陽の形を刻み、前に机と器を据えて、子どもらが騒がしく幣帛や香花を供え、岐神と呼んでいたという。著者は、道の神に陰具崇拝が加わり、道祖神と混同されたのだろうと見る。

原典より

近日東西両京の大小路衢に木を刻みて神を造り、相対して安置す。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))

『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。

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