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亡父から返事が届いた文づかひ地蔵

所在地奈良県奈良市(東大寺惣持院)
登場富士川游、行隆、医学者、大仏殿再興後に病死した左少弁・娘の父
出典迷信の研究

どんな伝承か

路傍の地蔵にはさまざまな渾名がつけられており、その一例として奈良の東大寺内、惣持院の文づかひの地蔵が挙げられている。左少弁行隆は大仏殿再興の仕事を終えたのち、病で世を去った。幼い娘は父に先立たれたことを深く嘆き、どうしてよいか分からず、父が日ごろ信心していた地蔵菩薩の御手に文を書いて結びつけ、六道を導く菩薩であるなら父のもとへ届けて返事を取ってきてほしいと祈った。すると七日目の暁、御手には新しい文があり、開いてみると父の筆跡で返事が書かれていたという。

原典より

* **文づかひの地藏**(奈良、東大寺内、惣持院):左少弁行隆、大仏殿再興事終りて病死せり、幼き娘ありしが父に後れしを深く嘆きてせんすべを知らず、父の年頃帰敬せられし地蔵菩薩の御手に文かきて結びつけ、大聖は六道の能…—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))

『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪などの欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。

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