稲含山が投げた中沢の里石
どんな伝承か
榛名山と稲含山が喧嘩をし、怒った稲含山が榛名山めがけて石を投げた。石は途中の中沢の畑に落ちた。落ちた石は七つあったが、家に持ち帰った人もいて全部は残っておらず、一つは忠霊塔を建てるときの踏み石にされた。大きさはまちまちだが石質はどれも同じで、この辺りの川原の石とは違い、畑の中に点々と置かれている。以前、畑の持ち主が石の下を掘ったところ、刀と金環が出てきたという。
原典より
榛名山と稲含山がけんかして、稲含山が怒って榛名山へ向かって石を投げた。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。