道鏡と虎御前と鬼の石段、長学寺の由来
どんな伝承か
上高尾の長学寺には二つの由来が伝わる。一つは奈良時代に大和葛城寺の僧弓削道鏡がここに薬師堂を建てたのが始まりというもので、寺へ登る坂は弓削坂と呼ばれる。もう一つは鎌倉初期、曽我兄弟の霊を弔うため、曽我十郎の恋人だった大磯の虎御前が善光寺へ向かう途中に立ち寄って建てたというものである。虎御前が逆さに置いた銀杏の杖が根づいたのが逆さ銀杏だといい、その周りを子を背負って三度回ると子の首が落ちると伝える。山門前の九十数段の石段は、寺の娘を欲しがった鬼が一晩で百段を築く約束をしたが、鶏が鳴いて果たせず逃げたため百段に足りないのだという。
原典より
上高尾長学寺の由来には二つ伝説がある。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。