掘り出され盗まれた宇田の十一面観音
どんな伝承か
以前はどこにも御嶽講があり、宇田でも熱心に信仰されていた。あるとき、近くに十一面観音が埋まっているから掘り出せというお告げがあり、村人が探したが見つからない。信心が足りないのだと皆で信心を続けたところ胴体が見つかり、さらに首も探し当てて神守寺に祀った。十一面観音があると世間に知れ渡って参詣者が増えると、これをねたんだ栃木あたりの者が像を盗み、胴体だけが残った。それでも高崎あたりから講が毎年やって来たが、和尚が欲を出して胴体を東京あたりへ持ち出したらしく、今では行方が知れない。そのいわれを記した碑が神守寺の山門の南に立っている。
原典より
以前は、御嶽講というのがどこにでもあった。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。