五斗の借りで迎えに来た火の車
どんな伝承か
薬師寺に別当僧都という人がいた。別当でありながら寺の物をほとんど使わず、ひたすら極楽往生を願っていた。年老いて病み、念仏を唱えて息を引き取ろうとしたとき、いったん持ち直して弟子を呼び、極楽の迎えは見えず、火の車が寄せて来たと言った。何の罪かと問うと、車に付いた鬼どもは、この寺の物を五斗借りたまま返していないからだと答えたという。そこで弟子たちが慌てて一石を誦経の布施にあてると、鐘の音とともに火の車は帰り、しばらくして極楽の迎えが来たと手をすり合わせて喜びながら息を引き取った。その坊は薬師寺の大門の北脇にいまも残るという。
原典より
無下に限りこ見ゆる程によろしうなりて弟子をよびていふやう見るやうに極楽の迎へは見えずして火の車を寄す。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。