滝口の侍から外術を習った陽成院
どんな伝承か
陽成帝の治世から退位ののちにかけて、都には怪しい噂が次々に流れた。その一つが、陽成院が自ら外術、つまり魔法を使っておられるのではないかというものである。院を警護する滝口の侍道範が、陸奥へ金を受け取る使いに出た折に術を覚えて帰り、それを聞きつけた院がひそかに宮中へ招いて、政務をよそに習ったのだという。仏法を守るべき帝が自ら仏の道を捨てて魔の世界へ入るのは無道の極みで、だから心が乱れたのだと語られたと、近衛院の庭番だった翁は伝える。著者は、『今昔物語』と『宇治拾遺』がともにこの話を載せていると記している。
原典より
翁は大きく頷くと、再び話し続けた。—— 日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。