目を筍に貫かれた髑髏の恩返し
どんな伝承か
光仁帝の宝亀九年十二月の下旬、備後国葦田郡大山の里の品知牧人が、同じ国の深津の市へ正月用品を仕入れに出かけた。途中で日が暮れ、人家が見当たらないので竹原に分け入って夜を明かそうとしたところ、一晩中どこかで「目が痛い、目が痛い」と呻く声がして眠れない。翌朝あたりを探すと古びた髑髏が転がり、その眼の穴を筍が突き貫いていた。牧人が筍を取り除いて土中に丁寧に葬り直し、持参の食物を供えて福を祈ると、市での買物は不思議なほど思いどおりに運んだ。帰路また竹原に宿ると立派な装いの若者が現れ、自分は去年に賊となった兄の秋丸に殺された国造りの子だと名乗り、礼をしたいので大晦日に家へ寄ってほしいと言い残して闇に消えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。