ナオを訪ねた王仁三郎のお歯黒
どんな伝承か
王仁三郎の膨大な歌を調べると、「ありすがわ」の語が詠み込まれた歌がいくつも見つかり、「久方の霞の堂に子と生れ」の一首には、自らが有栖川宮の落胤であることが表明されているとされた。生母ヨネは伏見の船宿で女中奉公中に熾仁親王のお手がついたという。王仁三郎が初めてナオを訪ねたときの異様な風体――男性のお歯黒は、京都の皇族・公家という閉鎖的な社会の風習であり、彼が自らの貴種をこういう形で表明したのかもしれないと解される。昭憲皇太后の姪・鶴殿親子は、王仁三郎が熾仁親王に生き写しだとして大本に引き寄せられた。
原典より
男性のお歯黒が、京都の皇族、公家という閉鎖的な特殊社会の風習であったことを考えるならば、王仁三郎はみずからの貴種をこういう形で表明したのかもしれない。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。