日蓮が題目を書いた火伏せの大黒柱
どんな伝承か
常盤町の米穀商大門屋、田口家の大黒柱は「日蓮上人火伏せの柱」と呼ばれていた。佐渡へ流される途上の日蓮は、岸町でケヤキに馬をつないで難産を救ったのち、信者であった田口家の主人に請われてその夜この家に泊まった。もてなしへの返礼として、日蓮は大黒柱に南無妙法蓮華経の題目を大きく書き、家の繁栄と火除けのまじないを施した。以来この家は栄え、火事にも遭わなかった。江戸末期に上町から出た火事の折には、家族が題目を唱えると突風が吹き、隣家まで焼けたのに類焼を免れたという。そのとき柱には数千匹のタニシが張りついて泡を吹き、火を防いでいたと語られる。
原典より
そのとき、この大黒柱には数千匹のタニシが付着して泡を吹き、火を防いだのだという。—— 浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史)
『浦和市史 民俗編――伝説』は、浦和市史の民俗編のうち、第十章「伝説」を収めた部分である。調神社の片目の鯉や兎を飼わない言い伝え、日蓮上人の駒つなぎのケヤキ、見沼の竜神や笛、別所沼の大蛇、地名や塚の由来、特定の作物や弓矢を忌む家の言い伝えなど、市内に伝わる伝説を集める。旧市部から西浦和まで地区別に節を立て、見沼の伝説は一節にまとめ、章の初めに『埼玉県伝説集成』などの引用文献を掲げ、話のあとに▽印で異説や由来を補う。