鎌足の遺髪の砒素と金丹
どんな伝承か
一九八九年の暮れ、大阪府高槻市の阿武山古墳に葬られていた藤原鎌足の遺髪から砒素が見つかったと新聞が報じた。毒殺の疑いも出たが、遺体の様子から鎌足は足を折って間もなく死んだとみられ、その説はすぐ退けられた。代わって唱えられたのが金丹説である。古代中国では砒素が長寿の薬や痛み止めとされたので、鎌足は骨折の痛みを和らげるためか、それ以前から不老長寿を願って飲んでいたのだろうという。中国の錬金術では丹砂から人工の金である金丹を作り、金を飲めば体も朽ちないと信じられたが、その材料の雄黄に含まれた毒が髪に残ったのだろうと著者は見る。唐の皇帝の多くも水銀の中毒で命を落としたという。
原典より
それは、大阪府高槻市の阿武山古墳に埋葬されていた藤原鎌足の遺髪から、砒素が検出されたというものであった—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))
『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。