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羽生村の累と助の二重の祟り

所在地茨城県常総市羽生町
年代近世
登場祐天、与衛門、呪術者、累と助の霊を成仏させた僧、累を殺した夫
出典呪術と占いの日本史

どんな伝承か

祐天上人が累の霊を成仏させた怪談「かさね」は、元禄三年に出版された『死霊解脱物語聞書』に詳しい。下総国岡田郡羽生村の百姓与衛門は、土地目当てに醜い累と夫婦になったが耐えられず、川へ突き落として殺した。その後に迎えた妻は次々に早死にし、六人目の妻が産んだ菊が十三の年に母も亡くなった。翌年の正月、菊が突然暴れ出し、自分は二十六年前に与衛門に殺された累だと叫んだ。祐天が駆けつけて累の霊を鎮めたが、ひと月ほどで菊に再び霊が憑いた。今度は累の父に殺された母の連れ子、助の怨霊で、累の醜さも助の祟りだった。祐天は助にも戒名を与えて成仏させた。

原典より

その翌年の正月、菊は突如暴れだし、「私は二十六年前、与衛門に殺された累だ。与衛門を殺すために、地獄から戻って菊の体にとり憑いたのだ」と叫び始めた。—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))

『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。

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