神職・僧・修験・巫女による憑きもの落とし
どんな伝承か
憑きもの落としを行う者には神職・僧侶・修験・巫女があり、その行法の多くは密教に由来する。神職の加持は吉田家の流れを汲み、江戸時代には各地から吉田家へ憑きもの封じの祈禱を頼みに上京した。上州多胡郡や伯耆日野郡には、祈禱を済ませたので今後は縁組や付き合いに心配はないと村に知らせる吉田家の書状が残る。出雲では蟇目の矢、火渡り、湯加持、影針などの行事が伝わる。僧侶では日蓮宗中山派の加持が名高く、修験は羽黒山や八戸などで狐落としを行い、東北のイタコや伊那谷の講の中座なども狐を落とすという。
原典より
憑きもの落としの行者には、大摑みにいって、神職・僧侶・修験・巫女の四者があり、まれには陰陽師系のものもあって、それぞれ独自の行法を伝えつつ今日に至っている。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。