鍼で追い詰められ降参した狐
どんな伝承か
文化八年に脱稿した司馬江漢『春波楼筆記』には、備中足守の医者杏庵の語りとして次の話が載る。杏庵は在所で狐に憑かれた者を何度も療治した。あるとき民家の婦人に狐が憑いて去らないので、全身を撫でると狐は腕先へ寄り、腕を縛ると瘤のようになった。鍼を打とうとすると狂人は今去ると言うので縄を解いたが、たちまち元に戻る。欺かれたと知って再び撫でて肩まで追いつめ、鍼で突き殺そうとすると、狐は大いに屈伏し、藪の中に自分の体があると告げた。行ってみると果たしてその通りであったという。
原典より
是非鍼を以て衝殺さんとしければ、狐大に屈伏し、真に去るべし。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。