伏見御香宮に仕えた女系の桂女
どんな伝承か
京都近郊で名の知られた桂女は、古い巫女の姿を伝える例として挙げられている。のちの時代には地位が下がり、『七十一番職人歌合』のころには鮎腸を売る者として名が並ぶだけの存在になっていた。けれども本来は伏見の御香宮に仕えるれっきとした女性の神人で、家は代々女の系統で受け継がれ、夫は下男と変わらない扱いを受け、いてもいないのと同じ立場だったと伝わる。著者は中山太郎の研究を引き、巫女がかつては男の神職に従うだけの存在ではなかった証としている。
原典より
京の近くで有名な桂女もその一つであって、後世では次第にその地位を落とし、『七十一番職人歌合』の時代には、ようやく鮎腸売りとしてその名をつらねる程度に過ぎなくなってしまったが、…—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。