子どもにけがをさせた馬のり石
どんな伝承か
今からおよそ四百五十年前、田島伊予守という武将が、古井の霊泉寺の近くに屋敷を構えて住んでいた。伊予守が亡くなり屋敷も消えて長い年月がたつと、伊予守が馬に乗るとき踏み台にしたという馬のり石だけが残った。この石に乗って遊ぶ子どもたちは決まって足を滑らせてけがをするので、村人は伊予守の御霊のしわざだと恐れた。相談を受けた霊泉寺の僧の考えで、石を寺の入口に立つ標柱の土台に使ったところ、それからはけがをする者がいなくなったという。伊予守の墓はいまも霊泉寺にあり、その子孫は日比野氏だという。
原典より
この馬のり石に乗って遊ぶ子どもたちは、きまったように足をすべらせてけがをするので、村人は伊予守のミタマのせいだと恐れた。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。