長谷観音の夢告で授かった佐夜姫
どんな伝承か
欽明天皇の御代、九州筑紫肥前の松浦の里に、黄金の湧く山や寿命の松、邯鄲の夢の枕など七つの宝を持つ松浦長者がいたが、跡継ぎがないのを夫婦で嘆いていた。妻の勧めで上下三百人を連れて大和の長谷の観音に参った夫婦は、垢離をとって三百両を供え、子を授けてほしいと籠った。やがて老僧の姿の観音が枕元に立ち、夫は前世に信濃の猟師で山鳥の親子を焼き、妻は近江瀬田の大蛇で鳥の子を餌にした報いで子種はないと告げた。夫婦はなお莫大な奉納を誓って百日籠り、観音はついに四歳で父母の一人が死ぬと断って金の幣を授け、生まれた姫は佐夜姫と名づけられたという。
原典より
去りとては授けて給へ深く祈誓をかけ給へ、思い切って百日迄こそは籠り、百日百夜と申す夜半計りの事なるに、有難や観音は枕神に立給ふ。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。