高地へ水を上げた茂井羅の大堰
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どんな伝承か
下河原に住む北郷隆勝に一人の女児が生まれたが、モイラと名づけられたその子は年を経るほど容貌の醜さがひどくなった。両親は嫁ぐ望みを捨てて読み書きを教えると、一度教えられたことを決して忘れぬ力を示した。やがて若柳村の蜂谷冠者から縁談が来て嫁いだが、綿帽子をとった顔を見た冠者は驚き、この縁は短くして終わった。離縁されたモイラは実家に帰らず、若柳の里に住んで米作りに励んだ。当時の水田は沼尻に堰を掘る干拓であったが、モイラは水を上から注げばどんな高い所でも田ができると気づいた。高地へ向かって堰を掘り田を作って見せると里人も真似た。里人はこの大堰を茂井羅堰と呼ぶようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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