四ヶ村堰と古川善兵工
どんな伝承か
羽黒川の鉄橋下、四ヶ村堰の取入口に石の小祠がある。これは堰を開いた恩人、古川善兵衛の霊を祀った社で、恩恵を受けた村々では祭日に仕事を休んで祭祀を行っている。堰の完成は寛永二年のことである。当時の屋代郷は水利の便が悪く旱害に苦しんでいたが、上杉景勝に登用されて領内を巡視した善兵衛は、露藤村の梶平蔵が和田川の水を引いて堰を開いていることを知り、協力して羽黒川から揚水し、さらに松川の水も取り入れて浅川山を大きく迂回させ、新田・浅川を灌漑して露藤・入生田・亀岡・船橋の四村に注ぐ堰を造り上げた。灌漑面積は五百四十四町一段に及ぶ。
原典より
羽黒川の鉄橋下四ヶ村堰の取入口に石の小祠がありますが、これが四ヶ村堰の開さくされた恩人古川善兵工の霊を祀った社で、その恩恵を受けた村々では祭日に仕事を休んで祭祀を行っております。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。