血を吸ったむじなの酒宴
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どんな伝承か
水沢の殿様は持ち山を伐って家中に薪を供給していた。山は奥深い下嵐江にあり、運搬が難儀だったので、家来が胆沢川の流水を使う流木を考え出した。春になると多くの人夫が雇われ、北岸と南岸に分かれて競って働いた。ある日、殿から酒が届き、両岸で酒宴が開かれた。翌朝、南側の者が起きても北側は起きてこない。渡ってみると皆死んでいた。虫の息の一人によれば、酒宴の終わり頃に美しい娘たちが酒瓶を提げて現れ、手厚くもてなしたが、その正体はむじなで、若者たちは急所から血を吸われていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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