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娘の病と山伏の託宣が生んだ人狐騒ぎ

所在地島根県出雲市湖陵町二部
年代寛政二〜三年(1790〜1791年)
登場教法院、岩佐文左衛門、山伏、藩庁の役人
出典憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)

どんな伝承か

寛政三年八月の松江藩の御触書が記す事件。前年の秋、神門郡二部村の平太郎の娘ひなが病気になると、親戚どもは狐が憑いたと考え、当て推量で同じ二部村の金左衛門と新左衛門の方から狐をよこしたなどと触れ回った。さらに同郡古志村の山伏教法院に祈禱を頼むと、教法院は両人の邪慾のため両家から来た狐の所為であると言ったので、親戚たちは追々に両人との親戚関係を絶縁していった。やむなく両人が訴え出て、その年の春に役所で取り調べたところ、全く親戚どもの邪推と山伏の奸曲であり、人狐の一件は理由のないことだと白状に及んだので、教法院は脱衣入牢を申し付けられた。

原典より

すなわち、教法院は脱衣入牢仰せつけられたうえ、人狐問題に関し、別紙の通り寺社家や山伏などへも寺社奉行から申し渡された。—— 憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)

『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。

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