簸川郡某村三百六十八戸の持筋実態表
どんな伝承か
島根県簸川郡のある村について、馬庭克吉氏が『出雲民俗』第八号で示した持筋の実態表がある。農地解放前の地主と自作を上層、自作が主の自小作を中層、小作が主の自小作を下層として全三百六十八戸を分けると、狐持ちとされる黒の家は、上層四十九戸のうち二十五戸、中層九十八戸のうち四十七戸、下層二百二十一戸のうち九十七戸で、合わせて百六十九戸、四十六パーセントにのぼった。石塚尊俊氏はこの表から、黒の割合は上層ほど高いが数では下層が多く、経済的条件が決め手とは限らないと論じた。著者は、今の分布から発生時の原因を推すのは飛躍だと反論している。
原典より
「黒(狐持ち)の占める割合は、下層におけるより、上層に移るに従つて次第に多くなるが、…—— 憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)
『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。