雷を捕らえた小子部栖軽と雷の岡
どんな伝承か
『日本霊異記』の冒頭に載る話。雄略天皇に仕えた小子部栖軽は、天皇と后が大安殿で睦み合う場に出くわしてしまったことがもとで、空に鳴る雷を捕らえてくるよう命じられ、みごとに捕らえた。栖軽が世を去ると、天皇はその手柄をたたえて、雷を捕らえた栖軽の墓と記した柱を立てた。雷はこれを恨んで柱を蹴りつけ踏みつけたが、裂けた柱に挟まれて動けなくなった。天皇はあらためて、生きても死んでも雷を捕らえた栖軽の墓と記した柱を立てさせたという。飛鳥に都があった頃、その地を雷の岡と呼んだのはこの話がもとだとされる。
原典より
その冒頭は、小子部栖軽(地蜂)が、泊瀬の朝倉の宮で天下を治めた雄略天皇の命令で、空に鳴雷を捉えた話。—— にっぽん妖怪の謎(阿部正路・阿部正路・妖怪学・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
にっぽん妖怪の謎(阿部正路・阿部正路・妖怪学・1992年(平成4年))
『にっぽん妖怪の謎』は、阿部正路が平成四年に著した日本の妖怪論である。神の零落した姿としての妖怪という見方から、記紀や『今昔物語集』『太平記』、西鶴や『耳袋』、鳥山石燕の画図、近代文学や漫画までを引き、鬼・天狗・河童・狐・蛇・鵼などの出現と変遷を論じる。五章に分け、魔女・妖精・吸血鬼など外国の妖怪を扱う十篇のコラムを挟み、あとがきでは秋田の将軍野に生まれ柳田国男・折口信夫の門流につながる著者の来歴を語る。