毛利螢と尼子螢の万能の螢合戦
どんな伝承か
吉田町の多治比川上流に万能河原と呼ぶ河原がある。旧暦五月五日の夜、この河原へ郡山の方面からと、川向こうの青山方面からと、両方から多数の螢が集まって来て螢合戦を行う。郡山方面から来る螢を里人は毛利螢と呼び、形は大きいが数が少ない。青山方面から来る螢は尼子螢と呼び、形は小さいが数がすこぶる多いという。里の子供たちは毛利方を勝たせようと、それまで取っておいた螢をこの夜放って応援する。これを万能の螢合戦と呼び、今日でも続いていると伝える。
原典より
吉田町多治比川の上流に万能河原とよぶ河原があり、ここで旧の五月五日の夜、多数の螢が郡山の方面からと、川向うの青山方面からと、両方面から集まって来て、…—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。