楔一本で分解できた饒津神社の木馬
どんな伝承か
吉田町桂に三郷八右衛門という庄屋がいた。すこぶる彫刻が上手で、あるとき神馬を彫って広島の饒津神社に奉納した。のちに罪を問われて藩に呼び出され、広島の流川町に逗留していたところ、たまたま神社の神馬が破損した。城下の大工を全部集めて修繕させたが、誰一人直せる者がなかった。役人が誰の彫刻かを調べさせると、ちょうど流川町に逗留している八右衛門と分かったので、召し出して修繕を命じた。八右衛門が神馬の尻尾の下にあった楔を一本抜くと、首、足、胴、腹などがたやすく分解でき、もとのように組み立てて直した。役人は喜び、罪を許したうえ褒美を与えたという。
原典より
すると首、足、胴、腹などがたやすく分解出来るようになっていたので、修理してもとのように組立てた。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。