小越に水を引かせた乳母おしゆん
どんな伝承か
広島市白木町小越の関川のほとりに、うばがいぜの記念碑が立っている。二百年ほど昔、小越村上組の西の家という家の娘おしゆんが、安芸の大守浅野公の乳母として城に上がった。よく仕えて評判もよく、務めを終えて帰るとき、殿様から望みを何でもかなえてやろうと言われた。おしゆんは自分の願いはないが、故郷は山奥で毎年日照りに苦しみ米もろくにとれないので、関川に井堰を造ってほしいと頼んだ。殿様はすぐに聞き入れ、藩の費用で上流に堰を築いて小越の隅々まで水を行き渡らせた。以来、小越村は日照りにも困らなくなり、村人は恩を忘れぬよう堰のそばに乳母堰追慕碑を建てて追悼の会を開いている。
原典より
村民はこのおしゅんさんの恩を忘れぬようにとその井堰のほとりに「乳母堰追慕碑」をたてて時々追悼会を行っている。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。