松葉でいぶされ死んだタヌキつきの村人
どんな伝承か
明治維新より前、穴太村のある農民にタヌキがついたことがあった。妙見の祈禱僧がタヌキを追い出そうと松葉でいぶしたところ、その農民は死んでしまったという。その命日は二月十五日であった。のちの一八九八年、高熊山から戻って口もきけなくなった喜三郎を見た親類の上田次郎松は、この古い事件を持ち出し、あのとき死んだ農民の霊がタヌキとともに喜三郎についているのだと語った。
原典より
次郎松の話では、明治維新前に、村の某にタヌキがついたので、妙見の祈禱僧が松葉でいぶして、その農民を殺してしまった事件があり、その命日が二月十五日だという。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。