軍艦香取の艦上で大本を説く
どんな伝承か
一九一五年、予備役の海軍機関中佐飯森正芳が、先に入信していた福中鉄三郎に勧められ、長男の病気をきっかけに大本に入った。トルストイ主義を奉じ、社会主義者とも交わって赤化中佐と呼ばれた変わり種の軍人である。入信してほどなく、飯森は湯浅斎次郎とともに、北舞鶴港に停泊していた軍艦香取の艦上で二百五十余名の乗組員に大本教の講演を行い、これが大本教の初めての軍隊布教となった。飯森は入信から半年余りで大日本修斎会の会長に取り立てられた。
原典より
飯森は、入信後ほどなく、北舞鶴港に停泊中の軍艦「香取」の艦上で、二百五十余名の乗組員に、湯浅斎次郎とともに大本教についての講演を行ない、大本教の軍隊布教がはじめて実現した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。