荒海を越えた冠島・沓島の島開き
どんな伝承か
冠島と沓島は、京都府の舞鶴沖、綾部から見て東北の艮の方角にある二つの島である。明治三十三年の旧六月、今度の二度目の世の立替えについて冠島に参ってほしいという筆さきが出た。冠島開きを終えて一か月後には、沓島も開くようにとの神示があり、開祖ナオと会長は、慣れた漁師でさえ恐れて近づきたがらない日本海の荒海を越えて、二つの島開きをやり遂げた。この島々には世の元の主宰神が押し込められ、陰から世界を守っていたが、いよいよ表に出て働く時が来たので、その迎えの神事が行われたのだという。
原典より
冠島開きがすんで一ヵ月後、「こんどは沓島も開いて下されよ」と神示があって、開祖も会長も日本海の荒海の、慣れた漁師ですらおそれて行きたがらない二つの島開きを敢行した。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。