開祖の姿に打たれた浅野和三郎
どんな伝承か
浅野和三郎は、王仁三郎の飾らない人柄と、開祖・出口ナオその人が放つ厳しくも清らかな気配に深く打たれた。粗末な綿の着物からどことも知れず一脈の霊光が放たれているように感じ、生まれて初めて心の底から敬服の念を抱いたという。浅野は自著『出廬』にその感慨を書き残している。こうして彼は現職を投げ捨て、夫妻ともども綾部の大本本部に身を投じることとなった。のち浅野は『大本神論』に最も心を引かれ、教団の重要な人物として自己を位置づけていく。
原典より
こんなわけで、浅野は現職を投げすてて夫妻ともども綾部の”大本”本部に身を投じることとなったわけである。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。