金神さんの喧嘩を聞きに集まる町の人
どんな伝承か
喜三郎の夫人すみの上申書には、神懸りしたナオと王仁三郎の凄まじい言い争いの様子が記されている。裏の別荘の先生と表の二階の教祖のあいだで、スサノオや小松林をめぐって大きな声で四股を踏み、身ぶるいするほどの勢いであった。この争いを町の人々は「金神さんの喧嘩」と呼び、夏などは大勢が家の周囲に見物に集まった。隣の柿の木には十人ほどが登って聞き、その下にもたくさんの人がいたという。「外国とか日本とか、いつでもそんなことばかりで一向おもしろみがない」と言いながら、ぞろぞろとよく来たものだと、すみは書き残している。
原典より
私の隣りに柿の木がありますが、その木に十人ぐらい登りて聞いておるし、それぐらいでありますから、下にはたくさん見聞きしております。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。