水が来ると震えた王仁三郎
どんな伝承か
池の形はできたものの、どこからも水は湧かず、信徒たちは空の池のほとりを見て見ぬふりをして歩くような気分だった。大正四年三月のある日、綾部の町会議員や有力者がそろって大本を訪ねてきた。話を終えた一行を門の外まで見送った王仁三郎は、そのまま空の一角を見つめて立ち尽くしていた。気がかりに思ったすみが声をかけると、王仁三郎はかすれた声を張り上げ、水が来る、金竜海へ水がやって来ると、喜びに震えながら言った。人の手と口を借りてできないことをさせて見せるという神の言葉は本当だったと、感極まって絶句したという。
原典より
喜悦にたえぬふるえ声が、王仁三郎ののどからほと走り出た。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。