国上寺の稚児が籠もった童子ヶ洞
どんな伝承か
酒吞童子の由来は、ここから東にあたる砂子塚村の百姓の子で、吉田の縁者に預けられていたところ、当山の学頭の徳を慕って稚児に上げられたのだという。当時この山は勅願所で弥彦神社を兼ね、神事のたびに稚児舞があり、その参詣の近道を稚児ヶ道と呼んだ。ところが童子は大酒を好み、子どもらが一日に一人、三日に二人と消えるようになる。親たちが捜すと骨だけが山積みになっていた。この谷を不来の沢という。やがて童子は東谷続きの岩窟に隠れ、夜ごと近村の人を食らった。そこを今も童子ヶ洞と呼ぶ。諸神に追われて叡山や葛城を経て、ついに丹波の大江山に籠もったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第3巻』は、山形・福島・新潟の三県に伝わる伝説を集めた叢書『日本伝説大系』の一巻である。湖水の干拓、鮭の大助、八百比丘尼、弥三郎婆、安達ヶ原の鬼婆、産女、雪女房、河童などの話のほか、松・杉・石・池・清水・温泉・長者にまつわる伝説を、口承資料を主に採っている。全体は「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」に分かれ、各項目は例話と伝承地を掲げ、〔類話〕〔文献〕〔参考〕で近世以後の史料や県外の類例を補う。