孝子の地名を生んだ行者と母の塔
どんな伝承か
泉南郡岬町の孝子にある寺について、『峰中記』を引いて次のように記す。南北に塔があり、その塔は行者の悲母を弔うためのものである。孝子と号するのは、行者が母を助けるために、この地で孝を尽くしたことによるのだという。行者、すなわち役優婆塞は大和国葛城の郡茅原の産で、舒明天皇六年に生まれたと伝える。原典は欠字が多く、読み取れるのはこの範囲である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。