二矢が生んだ矢喰村と矢喰宮
どんな伝承か
矢の社の祭礼は八月十八日と伝える。鬼城縁起によれば、孝霊天皇の御代に鬼神が天竺から来て山に住み、人民を悩ませたので、吉備津彦が西道将軍として討伐に向かった。両軍が矢を射合ううち、住吉の神が牧童の姿で現れて一計を授け、命が二矢を同時に放つと一矢は途中で喰い合い、一矢が鬼神を斃したという。矢の喰い合って落ちた地であることから古くは矢喰村と呼び、社を建てて矢喰宮と称した。のちに矢喰荒神とも矢喰天神とも呼ばれ、寛延のころ隣村との氏神争いがあったと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。