和気絹が伝える吉備津宮の縁起
どんな伝承か
和気絹が記す吉備津宮の条である。備前国一品吉備津彦大明神は孝霊天皇の第三子、五十狹芹彦命であり、母は細媛命だと伝える。崇神天皇が四道の将軍を定めた年の九月、命は西道将軍として吉備津国へ下った。土地の神が自ら迎え、我は吉備冠者だと名のる。異域の王子ながら行いの甚だしく悪い神がおり、吉備中山の西北の高山の石窟に城郭を構え、西国から都へ上る貢船を奪って己の蔵に納めていたという。命の矢と鬼王の矢は空中で喰い合って落ち、数日勝負がつかなかったが、一度に二矢を放って射抜いた。鬼は雉、魚と姿を変えたが、命は鷹、鵜と化して追い、ついに降したと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。