弁慶生縁を記した杵田明神の書置
どんな伝承か
弁慶の生い立ちを記した書置が伝わる。母は紀州熊野山の弁心の妹で弁吉女といい、父は田辺の誕像であった。悪女ゆえ縁に恵まれず、久安三年に出雲へ下って結の神に祈り、能義郡の妻の神を経て長見にたどり着いた。そこへ少年の山伏が現れ、自分は結の神の定めた夫であると告げて桃の木を与えた。弁吉女はやがて身ごもり、月々に鉄を米のように食べたという。仁平元年三月三日に生まれた子は三歳ほどの姿をしており、村人に憎まれて島へ棄てられた。山伏が日夜学問を教え、十一歳のとき裳に砂を入れて海に道を作り、陸へ渡ったと記される。母は仁安元年に世を去り、弁慶は仁安二年に氏神の社を建てたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。