監督が身を沈めた頼母荒籠
どんな伝承か
万治のころ、大善寺や草場のあたりは日照りが続くと地が割れ、稲が育たなかった。筑後川の水を引きたいと久留米藩も考えていたが、旱魃でも上納を取り立てられる地元の者はいっそう真剣だった。藩の知恵袋といわれた丹波頼母が、川下に荒籠を築いて水を取ろうと思いつき、殿の許しを得て工事が始まる。だが造りかけるたび水の勢いに押し流されてしまう。監督は人柱を立てるほかないと考え、翌朝集まった者のうち背に継ぎのある着物を着た者に決めると告げた。誰にも継ぎはなく、最後に監督自身が背を向けるとそこに継ぎがあった。人々は泣いて止めたが監督は身を沈め、荒籠は完成したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。