武甲山に隠れ住んだ松平長七郎
どんな伝承か
松平長七郎は駿河大納言忠長の子と伝えられる人物で、講談では英雄として描かれるが実像はよくわからない。和田義光の記すところでは、長七郎は世の無常を感じて出家し、上州名波の泉龍寺で修行したが、住職に素性を見抜かれ、西南十数里にある秩父郡田村の円福寺を訪ねるよう諭されたという。秩父風土記には、円福寺五世の租円和尚が武甲山に隠れ住んで阿弥陀山念仏寺を営み、その俗姓は忠長卿の子長七郎であったこと、寺跡の近くに入定場と五輪塔があることが記される。今も武甲山の表口から登った持山という寺の跡地に、長七郎の墓と伝える塔が残る。
原典より
松平長七郎は駿河大納言忠長の息子として生まれた人と伝えられている。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。