狐が運んだ武士とめっけ稲荷
どんな伝承か
郡山の清水台にある愛宕神社の脇に稲荷の社がある。この社は、元禄十四年に赤穂義士が吉良上野介を討った話につながると伝えられる。もとこの稲荷は江戸の吉良邸に妻恋稲荷として祀られていた。郡山の呉服屋に生まれた石塚彦宗は吉良の家来として江戸屋敷に住み、日ごろ稲荷を信心していたが、元禄十四年の暮れの十四日の晩、大石良雄ら四十七人に襲われて傷を受け、屋敷の外へ逃れて気を失った。そのとき耳もとで故郷へ連れて行こうという声がし、大きな狐の背にまたがると雲の上を飛んで我が家の前に着いたという。彦宗は傷を癒すと刀を捨てて呉服屋を継ぎ、愛宕神社の脇に妻恋稲荷を勧請して祀った。土地ではこの社をめっけ神社と呼んでいる。
原典より
清水台の愛宕神社の脇に稲荷がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。