狐憑きを鎮めた茂右衛門稲荷
どんな伝承か
昔、郡山市安積町成田に茂右衛門という鉄砲うちがいた。ある日、村の東を流れる笹原川の河原で狐を見つけて撃ち取ったが、それ以来狐に憑かれて狂ってしまったという。困り果てた家人や村人は、狐を仕留めた場所に稲荷を祀り、桜を植えた。以来この稲荷と桜は茂右衛門稲荷、茂右衛門桜と呼ばれ、供物を供えて拝まれてきた。近年、祠は朽ち、大きな桜も枯れて二代目が植えられていたが、その跡地に木工団地が造成されると、団地内の工場から幾度も火災が起きた。村人が稲荷の祟りだと言いはじめ、業者たちは相談のうえ、残っていた桜の下に稲荷を再建した。それからは火災がやんだという。
原典より
昔、安積町成田に茂右衛門という鉄砲うちがいたという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。