妖術を使った元和田の切支丹ばさま
どんな伝承か
寛永五年十二月二十二日の夕刻、米沢城外の北山原で切支丹宗徒の米沢藩士甘槽伊右エ門一家十七人が殉教した。そのとき見物の群衆をかき分けて「私も宗徒です。殺してください」と叫んで出てきた二人の男があった。役人が取り押さえて名を尋ねると和田の皆川だという。宗徒の名簿を調べても名がなかったので、名が出ていない以上殺すことはならんと突き返されたと伝えられる。和田を調べると皆川の姓は佐沢と下和田に現存するが、誰の先祖かは分からない。古老の話では、下和田の谷地という所に殉教した女がおり、元和田の前田原という所には「切支丹ばさま」と呼ばれる老婆がいて、妖術を使って村人を驚かせたという。
原典より
米沢城外の北山原で、切支丹宗徒の米沢藩士甘槽伊右工門一家十七人が殉教したのは寛永五年十二月二十二日の夕刻でありました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。