俗歌に歌われた山崎の肝煎
どんな伝承か
糠野目村の山崎に伊藤与兵エという人がいた。嘉永五年の生まれで、父のあとを継いで村の肝煎を勤め、五十年にわたり村の政治に尽力した。山崎の地は置賜盆地の中央にありながら水利が悪く、旱天に遭えば不作が続いた。年貢の取り立ては厳しく、借財を負った村人は土地を売り、子を年季奉公に出し、逃亡する者も多かった。与兵エは肝煎になると金の調達に奔走し、千五百貫の大金を得て村人に貸し付け、たびたびの凶作には米沢城下の役所へ上申書を出して救助米を借り受けた。あまり足しげく通うので「伊藤与兵エさんが来るかも知れぬ、昨夜やかんの夢をみた」と俗歌にまで歌われたという。
原典より
糠野目村山崎に伊藤与兵工という人がおりました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。