盗人を家来にした彌三郎姥
どんな伝承か
一本柳の彌三郎姥は、もと岩井戸御前と呼ばれた館の奥方であった。戦で館は焼かれ館主は討死し、一族は散り散りとなる。再興のため旅に出た息子彌三郎の帰りを待つうち、嫁も孫も相次いで死に、姥は世を恨み人を呪うようになった。姥は一里ほど離れた亀岡の文珠堂へ日参したが、その道筋の三千刈は人家の絶えた寂しい山裾であった。そこで南部六郎・津軽七郎という二人の盗人に襲われたが、武芸のたしなみのある姥は逆に二人を投げつけ、遂に降伏させて家来とした。その後は二人とともに人を殺して金を奪い、邸を襲って財宝を掠めたため、一本柳の彌三郎鬼ばばと呼ばれるようになったという。
原典より
彌三郎姥が鬼ばばと云われるまではこうしたことがありました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。