天王川合流点に残る伊達父子の古戦場
どんな伝承か
高畠町露藤の西方、松川へ天王川が注ぐ合流点は、明応三年四月、室町時代に伊達父子が戦った古戦場であると伝えられる。伊達尚宗は米沢城に、その子稙宗は高畠城にあったが、稙宗の弟の縁談をめぐって父子が不和となった。稙宗は山崎原に陣を取り、さらに兵を進めて松川の東岸に布陣し、尚宗は糠野目の山王台に本陣を置いて西岸に対陣し、三日にわたり転戦した。これを聞いた会津の芦名盛高が精兵三千余騎で檜原を越えて米沢を襲おうとしたため、尚宗は船坂山に防戦し、稙宗も高畠へ引き上げた。芦名勢は兵糧が尽き、五月五日に会津へ引き上げたという。
原典より
露藤の西方松川へ天王川が注ぐ合流点は、明応三年四月即ち室町時代の頃、伊達父子の戦いをした古戦場であります。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。