上野国府で娼伎の託宣を受けた新皇将門
どんな伝承か
『将門記』によれば、謀反を決めた将門は天慶二年十二月十九日、下総の国庁を襲ったその勢いで上野国府を占領した。国司を追い出して印鑑を奪い、四つの門に陣を構えて諸国の除目を思うままに行ったが、このとき神懸りした一人の娼伎の託宣によって皇位につき、みずから新皇を名のるに至ったという。新皇とは新しい天皇の意で、京都に在位する本天皇に代わって東国の新支配者として君臨しようというものであり、平氏出身のため以後将門は平新皇、訛って平親王とも呼ばれた。常総の平氏一族の争いに端を発した騒乱は、この時から国家を敵とする叛逆の姿勢をはっきりさせ、後世将門は王位を僭称した大逆賊のレッテルを貼られることになる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。